アフガニスタン難民支援活動報告 -Afghanistan Support Activities Report ネットワーク地球村
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絶望の国から希望のメッセージ
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  ■ 小さな命プロジェクト2 (頭に弾丸が残っていた少女 ファティマ編)
 4月の後半、僕たち『地球村』のアフガニスタン支援活動チームは再び首都カブールに降り立った。下宿先である、日本のNGOへ到着し、荷物を整理していると、NGOの代表者からお呼びが入った!『植木さん!大変な子が来ました!すぐに来てください!』と。

急いで診察室に行くと、NGOの代表者が一生懸命にレントゲン写真を見ていた・・・
その頭蓋骨の写真にはなんと!弾丸が写っていた!それがファティマ(13歳)との出会いだった。

<ファティマちゃん13歳>

<レントゲン写真:こめかみに弾丸が写っている>
 今日までの事情を聞いた・・・約8年前の内戦時代に自宅近くで起きた戦闘の流れ弾が当たってしまった。意識が戻り、出血も止まったが、頭痛が止まらない。あちこちの病院へ行ったが、原因が分からない状態が続いた。最後と思い、日本のNGOを訪ねてきた!一度病院へ行き、レントゲンを撮ってきてもらった。そしたら・・・

 すぐに僕たちはNGOの代表者と協議した。最初に決まったことは“絶対に助ける!”の一点のみ!僕たちにはそれだけで十分だった!

 お互いにすぐに行動に移った!NGOの代表者は日本に帰国し、広報や基金集めに!僕たち『地球村』も広報や緊急基金の呼びかけ、そしてアフガニスタンからの出国手続き、定期的にファティマの巡回視察などを受け持った。

 僕たちはまずファティマとお母さんのマルジィアさんのIDカード、ビザ取得を急いだ!

 IDとビザ取得するには出国理由がなくてはいけない。まずは家族、親戚、長老たちにファティマを日本で手術させたい!という旨を説明した。そして嘆願書を集めた!

 あるローヤ(政府から直接任命されている長老)は『私がサインするということは親族5000人の署名をしたのと同じです。どうかファティマを日本に連れて行って手術し、助けてあげてください』と嘆願された。

<親戚一同が日本での手術にサインをしてくれた>

<長老たち(中央)も支持してくれた!>
  <JIFFセンターにてレントゲンを撮るファティマ>
 たくさんの署名が集まってきたところに、今度は病院からのレターが必要だった。

 日本で手術するには、まずアフガニスタンでの手術が困難と判断されない限りビザが下りないからだ。

 あちこちの病院へ足を運び、診察、判断してもらった。やはり今のアフガニスタンでは難しいとの判断と、日本での手術が適切!とのレターをもらった。これには日本のNGOである、
「JIFFセンター (日本国際親善厚生財団)」http://www.josai-hp.com/jiff/
に大変お世話になった。レントゲン撮影を含め、たくさんの先生に助けられた。
 次はIDカード取得とビザ取得だ!ここで2手に分かれて動いた!まずはIDカード取得には日本のNGOのマネージャーが担当し、動いた!
 僕たちは日本大使館にビザ申請に奔走した!

 マネージャーも僕たちも緊急の旨を伝えた!というのも近頃のファティマは頭痛がドンドンひどくなり、のた打ち回っていることをお母さんから聞いたからだ!8年間も弾丸が頭に入っている状態・・・いつ死んでもおかしくない。一日も早く摘出し、この苦しみから解放してあげたい!との一心だった。

 そのころ、日本ではNGOの代表者が身を粉にして奔走していた。講演し、あちこちの団体を回り、メディアに訴え、病院の受け入れ先を相談して、、、ほんとに全員がこの一つの“小さな命“のために全力を尽くした!

 僕たちの願いが神様に通じたのか、嬉しいニュースがたくさん飛び込んできた!まずはIDカードの取得!かなり難題とされた取得だったが、なんとか無事に取れた!日本からも基金の集まり状態や手術してくれる病院先が決まり、安心した。あとはビザ取得のみ!祈るような思いだった!
 日本大使館からのビザ取得の連絡が入ったときは羽鹿さんと飛び上がって喜んだ!ファティマの家族にもそのことを伝え、みんなで喜んだ!

 日本行きがほぼ確実となってきたころ、ファティマが落ち着かなくなってきた。日本へ行くことへの緊張、手術への緊張、いろんなことがいっぺんに背負ってしまったようだった。

 出国間近になり、NGOの代表者もカブールに戻ってきた!そして一緒になって喜んだ!日本とアフガンでそれぞれが全力でこの子を助けるべく動いたのだから・・・やっとその日が近づいてきた。
  <ときどき不安を感じ、一人の世界に入ってしまうファティマ>
  <無事に日本へ到着!まずは一安心したファティマとお母さん>
 7月22日の朝8時!日本に無事到着!

たくさんの報道陣に一同はびっくり!それだけ日本中から注目されていたんだ!と驚いた!

 僕たちの役割は一旦ここで終了!あとはNGOの代表者と国立医療センターの先生方にお任せすることにした。
 僕はその後、一安心したのか、体中がバキバキになり、この3ヶ月の疲れがいっぺんに出てしまったようだ。
寝ても寝ても疲れが取れない・・・おかしい???と思っていた矢先に熱が出てきた。くすりを飲んでも熱がさがらない・・・おかしい???
前回は腸チフスに感染した前科者の僕は、すぐに救急車を呼び病院へ検査に行った。
どうやら今回はA型肝炎になって帰国したらしい・・・しばらく入院となった。

 僕も入院の間、NGOの代表者がお見舞いに来てくれたりして、ファティマの様子を聞いていた!
テレビでも何回も放映されていた。僕は不思議と偶然にテレビをつけるとファティマの話題が出ていた。

 ファティマの弾丸摘出手術も成功し、順調に回復しているさまをNGOの代表者から聞いた。
涙が出るくらい嬉しかった・・・!小さな命!されど命!どこまでできるかわからないが、とにかくみんなで精一杯のことを今日までしてきた!

 僕も3週間の入院生活を終え、すぐさまファティマのいる病院へ向かった!

 久々に会うファティマ!最高の笑顔で僕を迎えてくれた!でもすぐに『ネイ!ネイ!(違う違う)植木ネイ(うえきじゃない)!』としきりに言う。『なんだよ〜ファティマ〜!僕の顔を忘れたのか?』というと、『うえきじゃない!だってヒゲがないもん!』って。そうか〜ヒゲを剃っちまったから分からなかったんだなね。。。みんなで笑った。

 病室に行くとファティマはしきりに日本語をしゃべる!この短期間にたくさんの日本語を覚えたようだ!
『ありがとうございます!』『大丈夫?かわいそう!かわいそう!』『上手!上手!』などを連発!
ほんとに元気になったファティマ!嬉しくて嬉しくてたまらなかった・・・

 体調も順調に回復し、だんだんとアフガンへの帰国が近づいてきた。

 長いようで短かった・・・もっとファティマと一緒にいたかったのに・・・でもいつまでも日本にいてはダメ!これからファティマは自分の国でしっかりと生きなくてはいけないから!
  <摘出された弾丸を見せてくれた!>
 9月12日(日)ファティマの帰国の成田空港にて最後の記者会見がおこなわれた。

 僕に元気な顔を見せてくれた。笑顔が眩しかった!生きている喜びを全身から放っていた!希望に満ち溢れ、これから新しい人生が始まるファティマ!将来お医者さんになりたいと将来の夢を語るファティマ!いつまでも忘れないよ!
あとがき

 前回の心臓手術をおこなったジャミーラちゃんから2度目の小さな命を救うプロジェクト!
みなさんはどういう風に感じましたか?

 一緒になって協力してくれる人もたくさんいる。でも一人の命助けるために高額なお金をかけるならもっとたくさんの人々を救うことができる!という人もいる。

 あなたはどちらでしょう?

 僕たちはどうしても目の前で苦しんでいる一人を見捨てることができなかった・・・
確かにその一人にかける費用を考えたらもっといい使い道があるはず!それもよくわかっている。でもそうやって小さな命を!少数を!今まで切捨ててきたのではないだろうか?と僕は素直に思った・・・

 確かに支援活動というのは募金を有効に使わなくてはいけない!
でもそれにこだわり、囚われると、どうしても大きくやる!たくさんの人を助ける!見せ方を考えなくてはいけない!などと形にこだわるようになってくる。
こうなると支援活動という“お仕事”になるような気がしてならない。

 これが支援“活動“ってやつなんだろうか?と素朴に葛藤しつつやってきた。

 僕は『地球村』の支援活動って、何だろう?と思ったとき、一言しか思いつかない。
それは“命の視点を忘れない”という単純な視点!

 僕たちは専門で支援活動をしている訳ではない。仕事でこの支援活動をしているのでもない!高額な資金があるわけでもない!僕たちは純粋に一人でもいい!一日でもいい!生きて欲しい!生き延びて欲しい!という“思い”だけで全国で一斉に募金活動を始め、アフガニスタンに来たのだから・・・

 それを一人!また一人と助けることができたことによって“一人の尊い命”という視点を持つことができた。
僕はこれほどの感動はなかった・・・こんな希望はなかった・・・生きていることのすばらしさ、生きていることの奇跡を感じずにはいられない。

 先日、映画、地球交響曲−第五番−(ガイア・シンフォニー)を見た。
その中に登場してくる元・宇宙飛行士ラッセル・シュワイカート氏の伴侶、ナンシー夫人の言葉に涙が止まらなかった・・・

 『13万人という死者の数を想うより、たったひとりの少女の希望や悲しみに寄り添うほうが、全ての生命を思いやることに繋がると、私は思います。』
※ 広島原爆記念館にてサダコの折鶴を思いながら。

 植木 宏
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