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| 小麦は国連からの配給が始まっており、飢えはどうにか凌げている状態だったので、子ども達の栄養不足、病気の療養の為に砂糖とお茶が一番に必要とのことでした。よって、ペシャワールで砂糖6トンと、お茶の葉1.5トンを購入し、それを3000家族に平等にいきわたるよう、砂糖2kg、お茶500gずつに小分けして3000セット用意しました。 |
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| ▲ 支援物資を満載して出発! |
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| その物資をトラック満杯に積み込み、出発!難民キャンプに行く為の許可申請をし、トライバルエリアを抜けキャンプ地に向かいました。トライバルエリアとは政府の法が及ばない場所で、無法地帯となっており通常立ち入れない地域です。いつ山賊に襲われてもおかしくない状況の中、銃で武装した警察を前後に護衛につけ険しい山道を抜け
コトカイ難民キャンプに向かいました。 |
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“コトカイ・難民キャンプ”に到着。もの凄いテントの数・数・数。2人共唖然としました。
3000家族と数字では知っていましたが、実際に見るともの凄い数…。 そして、難民が所狭しとすごい密度で暮らしていました。ある子は地雷で足を失い、ある子は父親がおらず、ある子は裸足で、さまざまな人たちが難民となって生きていました。 |
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| ▲ 難民キャンプで暮らす人々 |
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難民キャンプには、親や兄弟を失った子供や、地雷で足を失った子供、下痢で苦しんでいる子供がたくさんいました。
しかし…、そんな子どもたちのなかに笑顔がありました。 |
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ある子に「あなたの夢はなんですか?」と質問しました。すると、その子は「僕の夢はエンジニアになること。」と答えました。「なぜ?」と聞くと彼はこう言いました。「エンジニアは何かを作る仕事でしょ。だから、僕は壊れてしまった僕の国、アフガニスタンを作り直したいの。僕の夢は大きくなったらアフガニスタンに帰って、平和な国を作ることなの…」。彼の話を聞いていて本当に胸が熱くなる想いでした。
驚いたことに、他の子どもたちが、次から次へと夢を語ってくれました。
こんな状況の中でも希望を忘れずに生きている子どもたちがいる… 家も、おもちゃも、そして親や兄弟までも失い、何もかもが絶望のはずなのに、それでも必死に、そして希望を忘れずに生きている… |
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実は出発前は、難民の人たちに「生きる希望を失わないで欲しい」という想いで一杯でした。でも、ここに来てみて、逆に私達のほうが、彼らから「希望」もらった気がしました。
いじめ、犯罪、殺人、そして毎日100人もが自殺していくこの日本にこそ、生きる希望を必要としているのではないかと感じました。 |
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