地球村通信2007年12月号 巻頭言

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【巻頭言】 自然の驚異 素数ゼミ  (2007年12月)

夏、大合唱をしているセミは、地上の生活はわずか1週間、
その前の地中の生活がとても長い。
「セミは長い間、幼虫時代を地中で過ごし、
やっと成虫になったらたった1週間で死んでしまうなんて・・・」という気がするのですが、
専門家は、「それは違う。セミを地上の昆虫だと思うからそう思うだけで、
セミはもともと地中の昆虫であって、交尾、産卵のために地上に出てくるだけ」と話します。

同じような例はたくさんあります。
シロアリは、もともと腐った木の中で暮らしていますが、
交尾のときだけ羽が生えて空中に飛び出してきます。
カイコも(私も実際に飼ったことがありますが)幼虫は桑の葉だけを食べ、
1ヶ月で大きく成長して繭(まゆ)を作り、2週間で成虫(蛾)が出てきます。
成虫は交尾して産卵しますが、飛ぶこともできず、食べることもできず数日で死にます。
すべての生物は、命をつなぐために必要なことをしているだけなのです。
人間だけが、よけいなことをして、環境を破壊したり、他の生物を絶滅させたり、
自分自身を滅ぼしているのです・・・ 最も愚かなのかもしれません・・・。

ところでセミの地中生活の期間は、7年、11年、13年、17年とのこと。
この数字を見ると、素数ですね。では、なぜ、素数なのでしょう。

素数の特長は、割り切れる数がないということ。
たとえば、素数でない数、12は2,3,4,6で割り切れます。
仮に、地中の時期が2年,3年,4年,5年,6年などさまざまな種類のセミがいたなら、
地上に出てきたとき、
2年ゼミは、4年ゼミ、6年ゼミ、8年ゼミとぶつかって競争が厳しい!
3年ゼミは、6年ゼミ、12年ゼミとぶつかって競争が激しい!
4年ゼミは、8年ゼミと、12年ゼミとぶつかって競争が激しい!

こう考えるとだんだんわかってきますが、素数ゼミは、
他の周期のセミとぶつかることがないので、生きやすいということになります。
自然の仕組み、長年の知恵、他の生物とのバランスはすごいですね。
私たち人間だけ、それらの自然の仕組みに反して生きられるのでしょうか。

【巻頭言】記憶の仕組み  (2007年12月)

 行く川の流れは絶えずして、しかも本の水にあらず。
 よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまることなし。
 世の中にある人とすみかと、またかくの如し。       鴨長明「方丈記」より

今年も最後の月、あわただしいけれど、物悲しい感覚があります。
年齢と共に、年月の経過は早くなりますね。なぜだと思いますか。

★記憶とは
物心が付くのが5歳だとすると、5歳の子どもの1年は、真っ白なメモリーに
最初の1年分の体験がすべて書き込まれます。
6歳の子どもの1年は、メモリーにさらに1年の体験が書き加えられます。
7歳の子どもの1年は、そこにさらに1年の体験が書き加えられるのです。

★記憶は振り返ることと似ている
5歳の時点からの人生をみてみると、6歳の子どもが振り返ると、1年で進んだ距離が見え、
10歳の子どもが振り返ると5年の距離が見えるでしょう。
15歳の人が振り返ると10年の距離が見えますが、距離は遠くほど小さく見えるために、
10歳の時に振り返って見た5年の距離の2倍よりも短く感じます。
25歳の人が振り返ると、20年の距離は10年の2倍より短く感じます。
45歳の人が振り返ると、40年の距離は20年の2倍より短く感じます。
こうして、最近の1年は、年齢とともに早く、短く感じるのでしょう。

★刺激や変化が大切
記憶には、メモリーを節約する機能があり、変化が少ない場合、記憶を省略します。
だから習慣的なことは記憶があいまいになります。きょう何を食べたか、
きのう何をしたか、さっき鍵をかけたか、電灯を消したか、記憶があやしいことが多いでしょう。
同じ仕事、同じ生活など、変化の少ない生活をしていると記憶が鈍ります。
「何もしないうちに、年をとった」ということになりがちです。
若くても記憶が怪しくなったり、想像力が落ちたり、認知症も出ます。
若さを保つには、日々新たな取り組み、新たなチャレンジが必要です。

【巻頭言】 転生と地球  (2007年12月)

今年7月、『新版 オーケストラ指揮法』を出しましたが、
いまは、『転生と地球』をリライト(改定)しています。
これは1997年に出版しましたので、大幅なリライトをしています。
書きたいことがたくさんあり、構成案がいくつもできて困っています。
現在の『転生と地球』の在庫は残りわずかなので、しばらく絶版状態になると思いますが、
できるだけ早く仕上げて出版したいと思います。(来春発刊予定。お楽しみに!)

そんな折、先日、私のふるさと松山で講演会がありました。
『転生と地球』で、交通事故のあとの不思議な体験、ふるさと巡り(巡礼の旅)をしますが、
実際に同じ場所を何度か、『地球村』の仲間と「転生ツアー」をしたことがあります。
今回も講演のあと、同じ場所を巡りました。
重信川と河原、国立愛媛病院と官舎、横河原駅舎、北吉井小学校、通学路・・・。
みんなみんな、とてもなつかしかった。
私が住んでいたのは3歳から7歳。55年前のことでした。
真っ白な記憶に最初の記憶が刻まれました。

重信川の河原に行くと、なぜか百羽のカラスがいました。
そして河原には一滴の水もありませんでした。
当時、川幅20メートル以上、水深2メートル以上、流速1メートル以上としても、
毎秒40トン以上の水量(100万人の都会を支えることのできる生活水)が
ゼロになったのだから、大変なこと。
その重大性に気づいている人がどれくらいいるのでしょう。

土手で思わず「おお!」と声を上げました。
そこには懐かしい「ひっつきむし」がありました。
草の一種ですが、種(たね)が洋服などに付くので、そう呼んでいました。
その「ひっつきむし」は、私はあちこちに行く機会が多いのですが、他では見たことのない種類です。
見たとたん、55年前を思い出し、とてもなつかしかった。
それだけでも今回の転生ツアーは価値がありました。

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