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高木善之のショートエッセイをお届けしています。

2008年の週明けのエッセイ

生まれてきた役割

2008年12月29日

“自分はなぜ生まれてきたのだろう。
どう生きればいいのだろう”

こんなことを考えたことがありますか。
答えは見つかりましたか。

先住民族はみんなが助け合って生きています。
一人一人がみんなにとってかけがえのない存在なのです。
人は、みんなにとってかけがえのない自分の役割を探します。

それを見つけたとき、それをみんなに告げます。
「私はこれこれによって、みんなに役立つことができる」と。
そしてみんながそれを認めたとき、
その人はみんなから祝福され、
その名前を名乗ることができるのです。

「傷を癒す人(ヒーラー)」
「歌う人(シンガー)」
「鳥を呼ぶ人(バーズシーカー)」
「狼と踊る人(ダンスウィズウルブス)」
「賢い鷹(ワイズホーク)」などのように。

そのことによってみんなに役立ち、
みんなに喜ばれ、尊敬されるのです。

そして生まれたときに祝福されるように、
死ぬときにも感謝されるのです。
何とすばらしい生き方でしょう。

それに対して、私たちはいつも仲間同士、
競争し、争い、戦い、生存環境を破壊しています。
人生の大部分をこのようにすごし、
そのあげく疲労死、病死、戦死するのです。
これが、生まれてきた意味でしょうか。
私たちは死ぬとき、
みんなから感謝されるだけの生き方をしているでしょうか。

私は交通事故で長い入院生活のときに、
自分の役割を見つけることができました。
私の名前は、ファシリテータ(気づかせる人)です。
私は力の限り、いのちの限り、
この生き方をしようと思います。
どうぞ、あなたとあなたの周りの人の幸せのために、
“これが私の生まれてきた役割だ”と
言えるものを見つけてください。
そしてそれを、自分の名前としてみてはいかがでしょうか。